とても悲しい知らせ(u_u。)
桃の節句。。。
母が他界しました。66歳になったばかりでした。
再就職した職場が実家とは逆方向で、しかも遠いので平日は会いに行けないため土日しか行けない状態になっていました。
3月3日の土曜日も朝から病院で母の側にいたのだけど、肩で息をしてあまりに辛そうだったので、横浜の妹、大阪の弟に状況をメール。。。
しかし、私は朝から体調が非常に悪くて我慢できず、意識のはっきりしない母にまた明日来るねと言い、後は父に任せて一度帰ったんです。
15時頃でした。
その後入れ替わりに弟が病院に着き、妹は新幹線に乗っていたようでした。
私は一時間の道のりをふらふら運転しながら帰って、今晩は早くに寝ようと思ってた矢先、兄から
『病院から家族を呼んで』と連絡あり。
とメール。
バッグ掴んで今度は高速で!
30分後、病室のドアを開けたら
父が『お母ちゃん、○○←(私)が来たよ。良かったなぁ。後は○○←(妹)だけやなぁ』
と言ったけど、既に母は息をしていませんでした。午後6時でした。
告別式も済み、両親の部屋の片付けをしたかったのだけど、父は兄や妹、弟が言っても怒るので
『さぁ~ばぁちゃんのもの片づけするよ』と、やんわり私が促すと
『おぅ・・・・』と父親。
そこで、母の手帳の最期のページに、母が私たちに宛てた手紙を発見しました。
子供を四人もてた事、心から嬉しく良かったと・・・役目は果たせた・・・安心して逝けるという内容でした。
母を失った悲しさはもちろんあるけど、
17だか18だかで岡山から駆け落ちで出てきて、酒飲みのどうにもならん父と一緒になり、
ほとんど一人で子供達を育てて苦労ばっかりだった母なのに・・・
こんなに早く亡くなった事が不憫で仕方ないです。
いつも前向きな太陽のような母でした。きっと無理だけど私も母のような母親になりたいと思います。
棺は妹と一緒にこれっ!って指さしたのが、ピンクの棺でした。可愛いやん^^って言う私達に対してきっと母は
なんでピンクなん^^;と言っていたことでしょう。
桃の節句に逝くなんて、もしかして、ばぁちゃん狙ってたのか?と妹と笑っていました。
来世は絶対父と出会ったらあかんよ^^
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